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長崎は日本で初めてパスタが造られたところ!?<長崎>

2009/9/16

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▲ド・ロ神父が主任司祭を務めた黒崎
教会の聖堂

長崎市街地から北へ約10kmのところにある街、外海(そとめ)。

隠れキリシタンの歴史を持ち、今でもキリスト教会が多く残り、「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」としてユネスコの世界遺産暫定リストにも登録されているほど。

日本人とキリスト教をテーマに執筆していた小説家、遠藤周作の「沈黙」の舞台にもなりました。

この街を訪れてすぐにおみやげ屋さんで見つけたのが、「ド・ロさまそうめん」。

なぜド・ロ様とそうめんが組み合わさったのかしらと頭に「?」が浮かびました。

この土地とド・ロ様とそうめんと、どんな関係があるのでしょうか…。


▲パスタ製造工場跡は今でも大切に
保存されている

「ド・ロさま」とは、ド・ロ神父のこと。

ご存知の方も多いと思いますが、明治時代の初期、布教活動のために外海にやってきて、地域に住む恵まれない人々のために、様々なことに取組んだ宣教師です。 

漁業の街だった外海では、遠洋漁業で命を落とした男性が多く、残された奥さんや子供たちが生計を立てるのがとても苦しかったようです。

そこで、ド・ロ神父は女性でも働けるようにと、西洋式の機織工場や授産所、救助院などさまざまな施設を作りました。

その一つが、日本初のパスタ製造工場だったのです。

生産されたパスタは、主に地元の外国人(宣教師や貿易商など)によって食べられていたようです。


▲ほうれん草やかぼちゃが練りこん
である「ド・ロさまパスタ」

さらに、日本人の口にも合うようにとド・ロ神父が開発したのが、「ド・ロさまそうめん」。

フランス原産の小麦を外海で育てて小麦粉にし、落花生油を引き油に用いるという独特の製法で作ったそうめんは、調理も簡単で、当時の生活に馴染みやすかったようです。

第二次世界大戦時、パスタやそうめんの製造は途絶えそうになったようですが、地元の人々の力によって見事に復活を遂げ、今でも造り続けられています。

 地元の方々は、今でもド・ロ神父のことを「ド・ロさま」と呼んでいます。

ド・ロ神父はフランス貴族出身だったのですが、私財のほとんどを外海の地域活性化に投じて、貧しい人々を救いました。

そんなド・ロ神父への地元の方々の感謝の思いが「ド・ロさまそうめん」や「ド・ロさまパスタ」という形で今に伝えられているんだなとしみじみと感じました。


▲遠藤周作文学館のレスト
ランで、パスタを堪能してみ
ては?

とても「ド・ロさまそうめん」や「ド・ロさまパスタ」を食べたくなったのですが、実は筆者はナッツアレルギーのため、落花生を含んでいるそうめんやパスタを食べることができず、泣く泣く断念。

旅行中にパスタを食べた同行者によれば、もちもち感があって美味しい!とのこと。

ちなみに、パスタもそうめんもコシが強いのだとか。あまり落花生の香りや味は強くないようです。 

外海にあるいくつかのおみやげ屋さんで買えるほか、遠藤周作文学館に隣接のレストランではミートソースやツナクリームソースのパスタが食べられます。

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